2013年3月20日水曜日

「行けたら行け」のサイン

一死一、二塁の場面で「行けたら行け」という重盗のサインを出したWBC日本代表の山本監督。
盗塁に関しては、塁上の選手がピッチャーのモーションを盗めると判断したときに走ることがベストかもしれないので、「行けたら行け」というサインも理解できないことはありません。
しかしサインの基本は「行け」か「行くな」の二種類だと思います。サインが出ていない状態のときは「行けたら行く」のがスポーツの本質です。リスクの高いパスや、難しい体勢から放つ攻撃的なショットなど、行けそうと判断した場合に「行く」からこそ勝機が生まれるわけです。選手が慎重になりすぎていると感じたら「行け」と指示を出し、危険が大き過ぎる勝負に出ようとしていると感じら「行くな」と指示する。これが指揮官の役目だと思います。
仕事における部下の育成も同じだと思います。業績に大きな影響を及ぼす可能性のある判断はマネージャーが行い、失敗した場合の損失が許容範囲であるならば「行けたら行け」の状態にしておく。
自分で判断して行動し、成功と失敗を繰り返し、その違いがどこにあったのかを分析をすことで選手も部下も成長するのだと思います。

2012年11月23日金曜日

保有のシミュレーション???

核兵器を持たない国の発言力が弱い、というのは正しいと思う。

核兵器を持っていなくても、核ミサイルで攻撃される可能性はあるが、
核兵器を持てば、その可能性は飛躍的に高まる。

「日本に核爆弾が落とされることも覚悟した上で核兵器を保有する」
と主張するなら筋は通っているが、賛成はできない。

核兵器は抑止力として持つだけであり、実際にはどの国も使うことは
できないのだから、日本が核ミサイルで攻撃されることもない、
と思う人もいるかもしれないだ、それは違うはずだ。
核兵器が絶対に使われない武器だとしたら、保有しているだけで
発言権が増すことはありえない。

核武装によるリスクは、原発を運転するリスクより何十倍も大きい
と思う。

2012年10月27日土曜日

都知事と総理と大統領

1969年の生まれです。
覚えてないけど、その時の都知事は美濃部亮吉。
1979年に都知事になったのが、鈴木俊一。この人は覚えてます。
次の青島幸男は1期で交代し、1995年から1999年まで。
そして現在の石原慎太郎。

カーター、レーガン、ブッシュ、クリントン、ブッシュ、オバマ。
調べなくても書けました。

記憶にある最初の在任中の総理大臣は福田赳夫で、現在の野田総理で21人目。
もちろん、記憶をたぐって21人を指折り数えるなんてことは不可能です。
(以上、敬称略)

都知事が4人で、総理が21人。

がんばろう、日本!

2012年10月20日土曜日

クライマックスシリーズ2012


中日の高木監督が、申し訳なさそうに見える。
クライマックスシリーズで巨人に3連勝して、日本シリーズに王手をかけた直後のインタビューで
「『ここまで来ると欲が出てくる。明日は何が何でも勝ちにいく』って言っちゃっていいんですかねえ」
と話していた。

優勝した巨人に10.5ゲームも離されていたのに、3試合で逆転してしまったのだ。申し訳ないと思うのが普通の感覚だと思う。でもそれがルールなのだ。
シーズン中、巨人の優勝が決まった後もヤクルトと広島の3位争いなどで興味が持続する効果はあった。クライマックスシリーズの試合をファンもそれなりに楽しんでいる。

けどなあ。これってあり?と毎年思ってしまう。

そこで、提案。
12球団をA・B・C・Dの四つのリーグに分けて、各リーグの優勝チームでポストシーズンを戦ってはどうだろう?
一つのリーグに3チームしか所属しないのが難点だが、ポストシーズンの正当性は確保される。
たとえば、Aリーグに所属するチームは、同じリーグのチームと30試合を戦い、B・C・Dリーグの計9チームとは、交流戦としてそれぞれのチームと9試合を行う。この方式だと、リーグ内で60試合、交流戦が81試合。現行の144試合とほぼ同じ試合数になる。
各リーグの優勝チームがトーナメント形式で日本シリーズを戦う。
(個人的な感覚でしかないのかもしれないが)これなら、納得だ。

四つのリーグのうち、二つのリーグで独走するチームが現れたとしても、残りの二つのリーグで熾烈な首位争いが繰り広げられるとしたら、すくなくとも6球団が優勝に絡む展開となる。
観客動員数もあまり減らないのではないだろうか。

今年、巨人が日本シリーズに出られなかったら、ナベツネさんが吠えて、そんな改革につながらないかな。

2012年9月29日土曜日

「自転車操業」その2

二つ下の投稿で自転車操業のことを書きましたが、少し前にソフトバンクの孫正義氏の言葉が新聞に出ていました。 日経新聞か、日経産業新聞か、日刊工業新聞だったか。

ソフトバンクの役員と孫氏の会話を伝える記事で、簡単に書くとこうです。

役員「我社が自転車操業から抜け出すためにはどうすればいいのですか?」 孫氏「簡単なことだ。もっと強くペダルをこげばいい」

やっぱりね。

引退

「阪神の金本知憲外野手(44)が12日、兵庫県西宮市で会見し、今季限りで現役引退することを発表した。  プロでの21年間を振り返り「野球とは人生そのもの」と語った金本。選手生活で最も誇りに思うことを問われ、2度のリーグ優勝でもなく、1492試合連続フルイニング出場の世界記録でもなく、01年に樹立した1002打席連続無併殺打の日本記録を挙げた。  広島時代の00年5月12日の中日戦の第3打席から併殺打を記録せず、8月31日に毒島章一氏(東映)が61~62年にマークした900打席の日本記録を更新。翌年9月28日に記録はストップしたが、「内野安打にならない局面でも、全力で一塁に走ってゲッツーにならなかった。フルイニングよりも誇りに思う」とアニキらしいこだわりを語った。」

上記は2012年9月12日のスポニチAnnexの記事を借用しました。 ボテボテのゴロを打って、内野安打になりそう局面なら打率を上げるために誰でも一生懸命走ります。しかし、二塁がフォースアウトになった瞬間、自分の打率は下がります。ゲッツーを防がなければならない場面なら、誰でも一生懸命走ることでしょう。ですが長いシーズンでは、敗戦が確実な試合で併殺になりそうな打球だったこともあるはずです。そんな場面でも全力疾走して併殺を防ごうとしていた金本。「すごい!」の一言です。そして、何よりも誇れる記録がこれだと言う金本。もう一度「すごい!」と言わせてもらいます。

金本が書いた本を読んで感銘を受けましたが、やっぱり凄い選手だったと改めて思いました。

ちなみにぼくは大洋ホエールズ時代からのベイスターズファン。現・広島カープの石井琢朗選手のブログもすごい! 一流を超えた人たちの言葉に共通するのは、「毎日努力することは当たり前。そこからさらにもうひと頑張りできるか」ということだと思います。

せめて、毎日の努力くらいは継続したい!

2012年8月23日木曜日

自転車操業


「自転車操業」とは『〔自転車は走るのをやめると倒れることから〕資金の借り入れと返済を繰り返しながら、かろうじて倒産を免れ操業を継続している状態』のことだそうです。 でも、すべての企業は本質的に自転車操業だと思います。走るのをやめても倒れない会社ってあるでしょうか。 企業ではなく、農家だって自転車操業だと思います。 畑を耕し、種を蒔き、草をとって、虫を除ける。一つでもやめれば目標とした収穫にはなりません。 鉄板をプレスしたり、ハンドルをつけたり、エンジンを載せたり・・・。自動車の製造ラインでも、みんなが働くことをやめてしまえば、車は完成しません。交代で休むから生産が続くのであって、休み続ける人は雇用を継続してもらえません。 交代して休めるから自転車操業ではないと言えるのでしょうか。車が売れなくてもすぐに倒産することがないから、自転車操業ではないのでしょうか。 結局は誰だって自転車操業なのだと思います。 休まずに走り続けることは誰にもできないけれど、結局は長いレースを続けるしかないのです。

2012年6月28日木曜日

消費税増税法案と除名

民主党は、消費税増税の関連法案に反対した議員の処分を検討しているようです。除名するのか、党員資格停止するのか。 さて、「消費税を上げることが正しい」との前提で、考えてみたいと思います。 約3年前の選挙で民主党は「次の4年間、増税はしない」と言っていました。普通に考えれば、「増税はしないけど、増税のための法律は作るつもりだったのです」と言われても納得できません。 しかし、鳩山元総理が、「学べば学ぶにつけ、日米安保の重要性が分かった」と言ったのと同じように、「政権与党になって、消費税増税の必要性を認識した。だから、消費税を上げる決断をした」というのであれば、理解できます。 だとすれば、増税法案に反対するメンバーは過ちに気づかない頑迷な人たち、ということになるのでしょう。 党の決定に従えない人を処分することも理解できますが、この件で造反者を処分できるほど自信満々でいられる人の感覚もすごい。 結局、理屈じゃなくて、好き嫌いの問題なのでしょう。

2012年3月17日土曜日

インド版巨人の星

インド版「巨人の星」がNHKのニュースで紹介さていました。
野球ではなく、インドではクリケットが舞台です。
主人公の選手が「大リーグボール養成ギブス」をつけ特訓するシーンが流されていました。

そして、主人公が投げた魔球はなんと、ハイジャンプ魔球。

「それは、『侍ジャイアンツ 』じゃー!」
と思わずツッコンでしまいました。

著作権とか大丈夫なのか、と思って調べてみたら、侍ジャイアンツの原作者も梶原一騎だったということを初めて知りました。
作風のあまりの違いにビックリ!

2012年2月17日金曜日

木登りと山登り

8歳の長男が木登りに目覚めて、毎日のように公園の木に登っています。7~8mの木の一番てっぺんまで上ると結構な高さになり、見ているほうはハラハラしていしまいますが、本人は得意げです。
小学校の2年生の中でその木に登れるのは2、3人しかいないそうで、ふだんスポーツでほめられることのない長男にしては、ちょっとした自慢なのだと思います。

なぜ山に登るのかを聞かれて、マロリーが「そこに山があるから」と答えたという逸話は有名です。長男になぜ木登りをするのかを訊ねてみると、答えは「登りたいから」でした。でも本音は「自慢したいから」なのかもしれません。「お父さんに見てもらいたいから」「ほめてもらいたいから」かもしれません。世界初のエベレスト登頂を目指すのも、犬ぞりで北極を行くのも「誰かにほめてもらいたいから」という理由が心のどこかにあるような気がします。でも「自慢したいから」と答えてしまったのでは、身もふたもありません。
マロリーの逸話には諸説あるようですが、新聞記者かテレビのレポーターに聞かれて「そこに山があるから」って瞬時に答えられたら、やっぱりカッコいいですよね。

でも、そのカッコよさより、いくつになっても木登りする精神が大切なのだと思います。

2012年2月5日日曜日

息子と二人の週末

妻には妹と弟がいて、二人とも結婚しています。
妻の両親と4家族・計10人で旅行する計画があったのですが、次男が発熱してしまい我が家からは妻と長男の二人が出席。
次男は、「ぼくも絶対行く」とがんばっていましたが、説得して諦めさせました。
普段から妻にべったりの次男は「留守番するならお母さんと」と希望しましたが、妻が両親や兄弟と旅行できる機会はめったにないので、またまた次男の説得です。
欲しがっていたおもちゃで誘惑し、ようやく次男が納得。

旅行できなくなってしまったことはとても残念ですが、おかげで5歳の次男と密度の濃い時間を過ごすことができました。
シリトリをしたり、なぞなぞの問題を出し合ったり、幼稚園での様子を聞いたりと、ぼくにとっては新鮮で楽しい時間になりました。
「仕方なく」かもしれませんが、甘えてぼくのヒザに乗ってきたりすると「この瞬間、コイツが頼りにできるのは俺だけなんだな」と感じて、嬉しくなったり、親の責任を感じたりしました。
子供が親に全面的に依存する時期なんて、ほんの少しの期間だと思いますが、「一人の人間に全面的に頼りにされること」で得られる幸福の大きさを実感しました。

子供に限らず、誰かに頼りにされたり、頼りにできる誰かがいるということがとても大切なのだと思います。
先週、ある人から「人は支えあって生きていくことがとても重要なのです」という話を聞いたばかりだったので、余計にそう感じたのかもしれません。

今、次男はスヤスヤと眠っています。

2011年11月21日月曜日

「ありがとう」と「毎度あり」

電車の中でお年寄りに席を譲って「ありがとうございます」と言われるとちょっと照れるような気がします。
相手が御礼も言わず、当たり前のような顔をして座ったら、たぶんムッとするとことでしょう。

「毎度あり!」と威勢よく言われるのは、すし屋などで料金を払ったあとかもしれません。
この場合「毎度ありがとうございます」と言われても照れることはありませんし、「ありがとう」と言われたときに感じる嬉しさも少ないかもしれません。

料金を払う必要があるのは、物やサービスなどを提供されたときです。この場合、買った物と支払ったお金の価値が等しいと思っているので、「毎度あり」と言われても嬉しく感じないのでしょうか。

逆に、100円の物を50円で売ってもらったら、こちらから「ありがとう御座います」と言う必要があるように感じます。

「『ありがとう』と言ってもらえたら、それだけで嬉しい」という気持ちも自分の中にあるのですが、それは自分が与えた親切やサービスに「言葉の対価」を求めていたからなのか、と思うと結構がっかりです。

「人間の脳はなんらかの報酬がないと喜ばない」と本で読んだのかテレビで見たのか忘れてしまいましたが、珍しく電車の席を譲った今日、こんなことを考えてしまいました。

2011年8月29日月曜日

季節の贈り物

田舎の叔父さんから、梨が送られてきた。
毎年のことで、いつも、嬉しく美味しく頂いている。

ぼくの田舎は栃木県の北の方なので、農業や畜産業は原発事故の影響を大きく受けている。
「今年は原発のことがあるから送るのをやめようかとも思ったけど、毎年のことだし、こっちの人はみんな食べてるから」
となんだか申し訳なさそうに、叔父さんは電話口で話していた。
「実家に帰ったら、栃木のものしか食べてないんだから平気ですよ」
と答えると叔父さんは少し安心してくれたようだった。

震災の後、父母が少し元気をなくしているようなので、今年はいつもより少しだけ多く里帰りしている。
栃木に帰れば、栃木の農産物を食べ、栃木の牛乳を飲む。
父と母は、「それ以外に選択肢がない」と言った。

東京にいれば、西日本の物を買う選択肢がある。
韓国にいれば、日本産の物を買わない選択肢がある。

韓国の人が、「日本の野菜は、九州のものでも買わない」といったら、いやな気持ちになると思うし、ナンセンスだと考えるだろう。
でも、原発事故が韓国で起こったことで、日本の空や大地が昔のままだとしたら、「韓国産の野菜は一切、買わない」という人はたくさん出てくると思う。

結局、選択肢のない人だけがいつも苦しんでいる。

2011年7月27日水曜日

ソフトボールはWカップで準優勝!

なでしこジャパンが女子サッカーのWカップで優勝し、「国民栄誉賞」が検討されています。

アメリカで開催されているソフトボールのWカップでは、残念ながら日本チームは決勝戦で負けてしまいました。
北京で金メダルを取ったときは、エースの上野が脚光を浴びていました。

なでしこジャパンと、上野ジャパン(監督は斎藤だったけど)と、サムライジャパン(原ジャパン?)に国民栄誉賞を!
あと、東洋の魔女にも。

あと、イナバウアーの人にも。
それから、田村でも谷でもママでもメダル取った人とか。

他にも、もらえそうな人が…。

2011年7月20日水曜日

安全神話とリスクの想定

「原発の安全神話が崩壊した!」と言われている。

飛行機の安全神話、海の安全神話、空気の安全神話、
虹の安全神話、水道水の安全神話、蛇の安全神話、
歌の安全神話、新幹線の安全神話、男の安全神話、
ITの安全神話、ガラパゴスの安全神話、机の安全神話、
プラネタリウムの安全神話、夏の安全神話、日本の安全神話

羅列した言葉のうち「安全神話」と相性のいい言葉にリスクがあることは、たぶん想定内なのだと思う。

2011年5月21日土曜日

Estoy aqui

Estoy aqui
スペイン語で、「私は今ここにいます」という意味です。

メール時代の今はでは違うのかもしれませんが、昔スペインの人は旅先で絵葉書を買うと、
Estoy aqui とだけ書いて友達に送ったそうです。
久しぶりに連絡する友達に、近況を報告するでもなく、ただ一言。
元気?とか、どうしてる?とか、私は今○○してます。 とか そんなことを書こうとするとつい面倒くさなって結局、ハガキを送ることもなく旅が終わり、また日常に戻ってしまう。やがて久しぶりに連絡しようと思った友人のことも忘れてしまう。
そんなことがないように、Estoy aquiとだけ書いて送ってしまうのだそうです。

宮城県に住んでいる友人からハガキが来ました。
3月11日以降、連絡が取れていなかった友人です。
「震災で携帯を失い連絡できなかったけど、家族もみんな元気です」
と書いてありました。
ツイッターで無事を発信していたそうですが、ぼくはそれを見ていませんでした。
ハガキには、「このハガキはアナログっぽい人に送りました」とあります。

彼が無事であることは、共通の友人から聞いていました。
それでも、なんだか、とても嬉しくて「Estoy aqui」の話を久しぶりに思い出しました。

2011年5月4日水曜日

リスクと放置

原子力発電所の問題では、「想定外ではすまされない!」という意見をよく聞きます。
原発に限らず、想定すべきリスクを事故が起こるまで放置してしまうのはなぜでしょう?
・酔っ払いが駅のホームから落ちるリスク
・スピードを出しすぎると曲がりきれないカーブ
・長時間労働で過労死しそうな社員が沢山いる会社
地下鉄のホームが二重ドア化されたり、道路にガードレールが出来たり、会社が残業を規制したりするのは、事故が起こって社会問題化した後です。

結局のところ、対策に必要なコストよりも守るべき利益の大きさが明らかになったときにしか動かないのが人間社会なのでしょう。
人間の命を利益に置き換えることは出来ません。だから、死亡事故が起きるとすぐに対策が実施されます。しかしそれさえも、マスコミやネットワークにより「公然になった死」だけが対象なのかもしれません。ほとんどの人が知らない「小さな死」があっても、費用を出し惜しむことだってありそうです。

めったに車の通らない道路にガードレールを設置するにもコストはかかります。
そこまで必要ないでしょう、とみんなが思っていたところに事故が起こってしまった。
だから、ガードレールを設置した。

リスクの共感が未然に事故を防ぐ方法だと思います。

2011年4月25日月曜日

感じ方

気がついてみると、最近、原発のニュースを頻繁にはチェックしなくなりました。
慣れてしまったのです。
放射性物質の漏えいは止まっていないので、危険な状況であることは間違いありません。

マスコミが大騒ぎしていないので、危険のレベルが下がっているように感じてしまいます。
危険が小さくなったから報道も少なくなったのか、ニュースバリューが下がったから報道の扱いが小さくなったのかは分かりません。

思えば、新型インフルエンザやエイズのときもそうだったような気がします。最初のうちは過剰に反応し、慣れてしまうと気にならなくなる。
ある程度、対策が功を奏した結果だと思いますが、リスクがなくなったわけではありません。
今、新型インフルエンザやエイズで亡くなる人がいても、マスコミが大きく取り上げることはありません。
ニュースで取り上げても、現状を改善できる見通しがないから報道しないのでしょうか?「報道してもその情報が高く売れないから」という理由ではないと思いますが、情報にも旬の値段があることは確かです。
マスコミの姿勢に問題があるというよりも、受けての感受性を報道する側に見抜かれていたのだと思います。

2011年4月11日月曜日

リーダーシップ

被災者の支援、原発問題の解決、震災復興の面で、真のリーダーシップが求められています。誰が適任なのか分からないけれど、もっと上手くやってくれる人がいるはずだ、そんな空気が流れているような気がします。

小泉待望論や小沢待望論があるようですが、都民が選択した知事も強いリーダー像とマッチする人物です。確かに、パチンコや自動販売機の電気は不急かもしれません。それなら、家庭のゲーム機はどうでしょう?スマートフォンは従来の携帯より電力消費量が大きいので、当面は買い替えない方がいいのでしょうか?
非常時には、パチンコ店を閉店させ、スマートフォンへの買い替えを禁止してしまう法律をスピード成立させてしまうような人が、リーダーシップの強い人と言われるのかもしれません。策が当たって難局を乗りきれば、真のリーダー。危機が残って混乱が大きくなれば、独善と批判されます。そんな事を恐れていたのでは、リーダーシップは発揮出来ません。
ただ、個性の強いリーダーは親米だったり反米だったりと、イデオロギーやポリシーもはっきりとしています。
万が一、アメリカと中国が戦争することになったとき、リーダーシップの強い人がが総理大臣をしていたら、巻き込まれる度合いは大きくなるでしょう。そもそもリーダーシップの強い人は、巻き込まれる側より巻き込む側になろうとするタイプが多いのかもしれません。

選挙の結果がどうであれ、今はだれがトップに適任かを議論しているときでないことは確かです。
それとも速やかな交代を求めるべきなのでしょうか?

2011年4月10日日曜日

永遠の人

Aさんが言いました。
「もし自分に原子力発電の知識があるのなら、今すぐ福島の現場に行って力を貸したい。本心からそう思う」
Aさんは60歳を過ぎている心根の優しい人です。技術屋さんではありません。
普段のAさんを見ている人は、その言葉が偽善でもかっこつけでもないことを知っています。

Aさんに1歳の子供がいたらどうだろう?
ぼくはそう考えてしまいました。
Aさんが30代で独身だったとしたら、きっと同じことを言ったと思います。
でも、幼い子供がいたら同じことを言えたでしょうか?
ぼくなら出来ません。
(ぼくの場合、独身だったとしても言えないと思います。)

Aさんなら、1歳の子供がいても「行く」と言ったかもしれません。
でも、現在の状況で「行く」決心をするよりもハードルは高いと思います。

自分は犠牲に出来るけど、子供は犠牲にしたくない。
子供の安全を確保することは、生物の本能です。それは自分の種族を永遠に残そうとする遺伝子がそうさせているのでしょう。

自分の命を犠牲にして他の動物を助ける人はめったにいません。
しかし、命をかけて原発の事故を防ぎたいと思う人は実際にいます。
それは世の中のためなのか、自分の種族を守るためなのか。
自分の子供を守りたいと思うのも、結局は自分のためなのか?

利己と利他のせめぎあいは、永遠に続くのかもしれません。